2014年度 中間研究集会
障害児教育における教育目標と評価


【報告者】 
小田 健司(京都市立北総合支援学校)
「障害のある子どもの教育における教育目標と評価――京都市の総合支援学校の取組――」


赤木 和重(神戸大学)
「心理学から見た特別支援教育におけるエビデンスの諸問題
 ――「行動化」「数値化」「非感情化」が行き着く特別支援教育のゆくえ――」


【指定討論者】
羽山 裕子(国士舘大学)


【司 会】
大下 卓司(神戸松蔭女子学院大学)


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 はじめに,小田健司氏から,特殊教育から特別支援教育への転換に向けて京都市と国の取組の経過と,現在京都市の総合支援学校で運用されている「個別の包括支援プラン」について報告されました。
 報告では,北総合支援学校の取組が写真とともに,まず概観され,京都市が一人でも育成学級(特別支援学級)を設置するようになった平成9年以降の,京都市と国の特別支援教育への取組の経過について説明がありました。さらに,北総合支援学校に通う子どもたちに対する教育はもちろんのこと,地域の幼・小・中・高等学校等に在籍する子どもに対する,より幅広い教育的ニーズに対しての支援機能をあわせ持つ総合支援学校のセンター機能についての説明がなされました。また,京都市の総合支援学校について,障害の重度・重複化,多様化した実態に対応するために,従来の障害種別の養護学校という制度的枠組を取り払って,一人一人の子どもの教育的ニーズ応じた適切な支援を行うことを目指す「総合制」と,ノーマライゼーション理念の実現を目指し,障害のある子ども一人ひとりが,居住地域の中で質の豊かな生活を送ることを目指した「地域制」についての説明がなされました。
 続いて,京都市立総合支援学校および京都市立北総合支援学校の特徴が説明されました。ここで,目標の設定と評価という点に関して,一人一人の教育的ニーズに応じる「個別の包括支援プラン」について,その理念や具体的な運用方法について説明されました。この個別の包括支援プランでは,本人(子ども)・保護者・指導者(及び社会)の三者の願いをかなえるため,「四つの生きる力」が定義されると同時に,11の項目から子どもの実態を把握して目標を設定し,一人ひとりのカリキュラムを組織して,具体的な実践をされています。また,そのプランのなかでPDCAサイクル,すなわち,子どものニーズに応じて目標を立て,目標達成を目指した指導計画に基づいて授業等の実践を行い,活動を評価し,目標や指導計画を更新していくことが説明されました。
 以上を踏まえたうえで,①計画や評価の資料作成の労力の問題,②記述する際の具体的な表現方法の問題,③資料作成と授業実践の関連づけの問題,④社会そのものにおいて数値化が進められている現状において,特別支援を必要とする子どもが置き去りにされているという問題,⑤よい授業実践と計画書・評価の関係性の問題,⑥教育実践が中心に据えられるべき教育現場において,教育実践以外にも多様なものが求められている問題,⑦保護者や関係機関の期待の問題など現場が抱える課題について指摘がなされました。
 小田氏の報告を踏まえたうえで,続いて,赤木和重氏より,発達心理学の立場からみた特別支援教育におけるエビデンスの諸問題について報告が行われました。最初に,現在の特別支援教育において「エビデンス/エビデンスに基づいた教育」が隆盛している現状やその背景が,具体的なエピソードをもとに報告されました。我が国では,臨床心理学の分野において「エビデンス」が2000年頃より取り上げられ始めたのに対して,特別支援教育の領域では,2005年頃より学会企画のシンポジウムなどで「エビデンス」が本格的に叫ばれるようになったことが指摘され,この流れと連動する形で,教育現場において「行動化」「数値化」「非感情化」を特徴とするエビデンスが求められるようになってきたことが示されました。また,特別支援教育でこのような「エビデンス」が広まっている背景として,情緒的な言葉によってあいまいさが残っていたこれまでの特別支援教育への反省や,応用行動分析の影響,数値による裏付けがないままに教育実践が行われることに対する懸念があったことが,指摘されました。
 その上で,このような特徴をもつ「エビデンス/エビデンスに基づいた教育」の問題点として以下が挙げられました。①現在の「エビデンス」は「弱いエビデンス」に過ぎないこと,②このような「エビデンス」を使うことで目標や評価を含めた実践全体が「目に見える」現象に従属してしまうこと,③そもそも何を「エビデンス」として設定するかが自覚的に問われていない傾向が強化されること,④子ども自身がその「エビデンス」をどう意味づけているか不明確なままであること。
 こうした問題点が確認された上で,「エビデンス/エビデンスに基づいた教育」の将来像への懸念が示されました。すなわち,「行動化」「数値化」「非感情化」を特徴とする特別支援教育が追求されればされるほど,スキルに焦点化されることによる教育実践の貧困化,操作対象としての子ども観の強化,教師集団の二極化・階層化などが引き起こされる学校組織の変容が生じる可能性があることが述べられました。こうした「エビデンス」の流れに対抗するために,教育実践の充実を図ること,具体的には,「エビデンス」を否定するのではなく,教育実践の質を上げるような「エビデンス」を準備する必要性が提起されました。
 以上の報告に対し,羽山裕子会員から,両報告者に,特別支援教育において①目標や評価について考えるとき,学習者の情緒的・感情的側面はどう位置づけられるべきか,②特別支援教育における目標・評価研究では,目標の在り方について論じられることが多い印象があるが,一方で評価方法の在り方についてはどのようなことが論じられているのか,という指定討論がなされました。加えて,小田氏に対しては,③望ましい評価の在り方を考える手がかりとして,これまでの実践の中で,同僚や保護者との間で実践の意義を納得しあえた経験とその時の方法について教えてほしいという質問が,赤木氏に対しては,④特別支援教育と心理学との関係はどうあるべきだと考えるか,という質問が行われました。
 ①については,小田氏からはモチベーションは大事だと考えており,目標・評価にその観点があってもよいのではないかという回答がなされました。また,赤木氏からは情緒的なものは不可欠で,感情・意欲と知的発達は切り離せないとの回答がなされました。②については,小田氏から評価方法の議論が不十分であるとされつつも,氏の過去の実践においては行動を具体的に記述したり,通知表に写真を入れたりしているといった評価方法の工夫に関する回答がなされました。他方,赤木氏からは,現状を丁寧に確認する必要があるとしながらも,特別支援教育では目標の設定に議論が集中しがちで,評価は心理検査との関連でしか議論されていないのではないか,との指摘がなされました。③については,小田氏から,確かに保護者との意見が合わないこともあるものの,年度初めにお互いの思いを伝えること,取組や話し合いを継続していくことなどで双方が分かり合えるのではないか,との実践を踏まえた回答がなされました。④については,赤木氏から心理学の知見は特別支援教育でよく言及されるが,その前提として心理学が特別支援教育にどのように生かされるのかについて議論が不足しており,そのため,心理的な子どものアセスメントと教育実践の間をつなぐ議論が必要である,との回答がなされ議論が深められました。
 フロアからは,小田氏に対しては,学校に蓄積された資料の活用法や,「楽しさを感じる授業」のエピソードといった教育現場の実情についての質問が寄せられました。また,赤木氏に対しては,実践の貧困化という危惧を踏まえた上でのベストな教育のあり方についての質問が寄せられました。これらの質問を受け,小田氏からはエピソードを絡めた具体的な教育実践が紹介され,赤木氏からは行動化・数値化から漏れてしまう,子どもの具体的な姿を記述する重要性が指摘されました。また,両氏に対して,通級指導を受ける児童の対応に関する質問が寄せられました。この質問に対しては,小田氏からは該当児童を含めた学級経営を行う重要性が強調され,赤木氏からはより良い教育実践のあり方を追究する必要性が主張されました。
 最後に,研究会のまとめが行われました。小田氏からは,特別支援教育という言葉に縛られない,一人ひとりを大切にする視点の大事さが述べられました。また赤木氏からは,より自由に考えるきっかけとなる,異なる研究領域の交流の重要性と可能性が本研究会を通じて得られたとの感想が述べられました。そして羽山会員からは,本日の議論を通して通常教育と特別支援教育に通底する問題が浮き彫りになったことが指摘されました。加えて,一人ひとりの教師がもつ豊かな実践の蓄積がさまざまな問題を乗り越えるきっかけとなる可能性が示されました。

文責:徳島 祐彌・本宮 裕示郎(京都大学大学院・院生)