2016年度 中間研究集会
高等教育におけるアクティブ・ラーニングと授業改善
【報告者】
松下佳代(京都大学)
「ディープ・アクティブラーニングの理論とデザイン」
渡辺貴裕(東京学芸大)
「教師教育におけるアクティブ・ラーニング
――東京学芸大学教職大学院の取り組みを例に」
伊藤博之、永田智子(兵庫教育大学)
「高等教育における協働的な授業改善
――兵庫教育大学大学院授業実践開発コースの取り組みを例に」
【司 会】
川地亜弥子(神戸大学)
奥村好美(兵庫教育大学)
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はじめに松下会員から次のような報告がありました。文科省自身がアクティブラーニング(以下A.L.と略)の狙いを再確認し、ブームに釘を刺しているものの、コンテンツが重視されていない。それに対して、松下会員はディープA.L.を提唱している。これは、生徒・学生が他者と関わりながら、対象世界を深く学び、自分のこれまでの知識や経験と結びつけると同時にこれからの人生につなげていけるような学習を指す。「学びの三位一体論」(佐藤学)、「活動システムモデル」「探究的学習のサイクル」(エンゲストローム)をベースに、深さの系譜を入れて定義している。文科省の「深い学び」では、問題発見・解決が強調されて、概念や原理に基づく深い理解という側面は相対的に弱い。
次に渡辺会員から、次のような報告がありました。授業外でもアクティブでディープであることを目指している。現任校では、学校見学をカリキュラムに組み込む、実践記録を書かせ、読みあわせるなどした。統合型カリキュラムにし、調査に行きやすく、学生の集団も柔軟に編成しやすくした。模擬授業と検討会は、授業者にも参加者にも新たな気づきがもたらされるようにした。完成度が高いものではなく、冒険のあるものを促した。模擬授業(大学)、実習日誌(学外)、活動試行(大学)、研修校で実践(学外)・報告(学内)というリフレクションのサイクルを起こすようにした。実践の中の理論、行動としての教育実践観から意思決定としての教育実践観へと文化を塗り替えている。
伊藤会員、永田氏からは次のような報告がありました。FDへの学生の参画を重視している。授業公開や授業評価の仕組みを2007年から開始。2012年度より学生による授業評価を毎年全科目で実施。A.L.研究会を立ち上げ、ベストクラス賞を設置した。良い授業を教職員と学生が共有することを重要視しているからである。授業改善を学生(特に現職院生)に求めている。その徹底のためには教員間で共通理解が必要。所属コース有志でやっている取り組みは小・中学校の授業検討会と似ている。本時からはみ出して大きい議論をしてもよいことにした。個別の改善の努力だけではなく、コース全体のカリキュラム改善も行った。みんなでやる授業改善というイメージである。
以上の報告に対し、質問紙を通じての質疑応答では、まず松下会員から、①ディープラーニングとエンゲストロームの理論の関係、②知識獲得と能力形成の両立、③日本の大学の問題点とアメリカの大学から学べる点、④世界でのA.L.の位置付け、⑤内的アクティブさの見取りについて、返答がなされました。
①については、エンゲストロームの理論の背景の1つにディープラーニングがあること、②については、動機付け、方向付け、内化、外化、学習の批評、次へのコントロールといったステップを含む学習プロセスが必要であるとの前提の上で、この学習プロセス全体が知識獲得でもあり、能力形成にもなることが回答されました。また、③については、日本の大学では、カリキュラム全体として考えられてはいるものの(例えば、講義と実験・演習や卒業研究との組み合わせ)、「経験されたカリキュラム」では意図通りになっていない場合が多いこと、一方アメリカではコース(1つの授業科目)レベルで学習プロセス全体を包含しているよう意図されていることが多いことが紹介されました。さらに④については、世界的にはA.L.は新しい考え方ではなくむしろディープラーニングが注目されていること、⑤については、小学校における、子どもが友達の発言を聞いて感じたことを、すぐに呟いて外言化させて見取る取り組みの例などが紹介されました。
続いて、渡辺会員から、①模擬授業と検討会実施のポイント、②模擬授業や検討会で学生に身につけるべき視点や能力、③大学での取り組みから現場での同僚との学び合いへのつながり、④授業外での振る舞いと教科内容の原理一般化の深まりとしてのディープラーニングとの関係、⑤メンターの役割、⑥将来教師になるものとしての意識の持たせ方について寄せられた質問への回答がなされました。
①については、検討会では模擬授業で学習者側が経験した事実をフィードバックすることと、模擬授業はうまくやる事だけが目的ではないと伝えることが大切であると回答がなされました。この点については、関連書籍を出版予定であることも紹介がなされました。②③④については、学生が検討会で互いに議論を深めていったり、理論的な文献を読み解いていけたりするような学び方を身につけることを重視しているとの回答がなされました。それにより、授業外で学生たち自身が学んだり、現場での学び合いにつなげていったりすることが目指されているとのことでした。⑤については、現職院生にコルトハーヘンの『教師教育学』を読ませた上での実践が紹介されました。また、⑥については、すぐにノウハウに頼らず問題を見据えて考えていくといった態度(思考の習慣、性向)も含め、育成を考えていると返答がなされました。
さらに、伊藤会員・永田先生から①他コースでの授業研究会の取り組み、②FDへの現職院生の参加、③授業研究会後に授業改善を希望する教員への支援、④授業外での院生の変化についてのFDでの議論、⑤他分野の先生とのコミュニケーションを行う際の留意点といった質問への回答が行われました。
①〜④に関しては、学部・修士課程や、教職大学院での例を出しながら、現職院生の参加が進められてきているなどの現状の紹介がなされた上で、今後一層取り組みを進めていきたいと返答がなされました。⑤については、他分野の教員に限らず、院生にも同様に、他者に対して頭から否定したりこちらの主張を押し通したりするのではなく、まずは受け入れた上で対応することを各教員が心がけていると回答がなされました。
その上で、フロアからの質疑応答を受けて、A.L.についてのエビデンスも含めて議論していけたらと提案がなされました。伊藤会員から、目標と授業評価の評価項目が連動することの重要性が述べられました。さらに、報告者間のコメントとして、渡辺会員から兵庫教育大学での取り組みに対し、組織開発や組織学習の側面が大きいのではないかと見解が示されました。渡辺会員の報告にあった「文化の塗り替え」「同型性」がヒドゥンカリキュラムとして学生に残していくものがあるだろうと述べられました。
フロアからは、全報告者に共通して①「深い」とはどういうことか、②A.L.の射程とベクトルとは、③準正課教育などを考えた時、生活指導的側面をどう考えるのかといった質問が寄せられました。
これを受け、松下会員からは、①については、深い学習、深い理解、深い関与という3つの系譜を考えていると返答がありました。これらは対象世界の理解の深さ(最初2つ)と関係の深さ(最後)とに大きく分けられ、前者については、従来具体と抽象の上り下りと語られてきたような理解、後者の関係の構築については大学の授業ではゼミなどに限定されるのではないかと指摘されました。②については、A.L.は、教科も総合も特別活動も含めよい教育実践を一括りにする包括的概念になりつつあると回答がなされました。③に関しては、準正課教育を通じてequityが保障される可能性を示唆するとともに、大学に学生を囲い込むことになるのではという危うさにも言及がなされました。
渡辺会員からは、「深さ」に関しては、模擬授業や理論学習の事例をふまえ、手応え(模擬授業で、そこで起こったことを踏まえて次の考えを出せるようになっている等)や課題(同じ条件での学習でも深まりがある場合とない場合の差の解明等)について報告がなされました。また、生活指導的側面ともつながる関係の構築に関しては、もともと学生が持っている文化資本とは違うところで違いが生まれているように感じること、さらに教職大学院などで1まとまりの集団という感覚が強い場合には、深い関与がゼミなどに限定されることはないだろうとの指摘がなされました。
伊藤会員からは、①②に関しては、コースで組織的に共通理解されていることとして、A.L.については定義せず、政策提起を批判的客観的に見ていくところから始めていることが回答されました。③に関しては、現職院生と学卒院生の正課内外の取り組みの再活性化を目指して現在取り組みを進めていることが報告されました。また、永田先生からは、表面的なA.L.ではなく、なぜそれを行うのか、それによって学習は深まっているのかを議論することの重要性や、授業や最終的に目指したい姿に即して、深さについても組織的な共通理解を作っていくことの重要性が述べられました。
最後に、まとめとして、松下会員から、ディープ・A.L.については、A.L.側からではなく深い学習の側から迫っていく方法もあること、渡辺会員からは、改めて同型性概念が大切であること、伊藤会員・永田先生からは大学教員自らも同型性を追求することの重要性等についてコメントがありました。その上で、川地会員から、深さの追求が、学問する共同体として大学本来のあり方を取り戻していくきっかけともなりうること、生活指導的側面についての授業内での可能性の追求について言及がなされ、中間報告会は終了しました。
文責:川地亜弥子(神戸大学)、奥村好美(兵庫教育大学)