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2006年6月10日 
  糸賀一雄の魂と思想


2005年7月9日 
  新しい世界の発見、新しい自分の発見
   ―『学力への挑戦』とその後―


2003年5月10日 
  高等教育の人づくりと,企業社会の人づくり
    ―目標・評価論における,
       教育学の固有性とはなにか―


2001年4月28日 
  指導要録改訂で評価はどう変わるか

1998年5月31日
  第1部:教育課程改訂の彼方に21世紀の
       評価研究をどのように展望するか
  第2部:教育改革の展開に即して,二度に
       わたる教育課程改訂の特性を明ら
       かにする






 


2003年5月10日

<下から・内から>の大学教育改革
松 下 佳 代
(京都大学)
企業の視点からみた人づくり
塚 崎 公 義
((財)国際金融情報センター)
何のための,誰のための大学教育か
稲 木 哲 郎
(東洋大学)
司会:木 村   元
(一橋大学)


指定討論者:斎 藤 里 美
(東洋大学)
















































松下会員は,報告の問題設定を「高等教育政策の人づくりの方向(企業社会の人づくりを志向しながら,国家統制/官僚支配を強化)vs.大学教育の人づくりのめざすべき方向」としました。
まず,高等教育政策について,大学審議会以降の動向をあとづけた上で,現在問題になっている「国立大学法人化」について,目標(plan),実施(do),評価(see)3者のうち,目標,評価にかかわって文科省が大幅に関与すること,すなわち,いちじるしくトップダウン的な改革手法がとられていることを特徴的な点として指摘しました。

また,そこでの人づくりの論理が,学生を,大学教育を通じて産業界にとって高い付加価値を身につけるべき「生産の客体」として,また,高等教育サービスの「消費の主体」として位置づけるものであることが強調されました。

こうした政策動向に対置する形で松下会員は,〈下から・内から〉の大学教育改革の要件として,「トップダウンよりむしろボトムアップ」「制度からソフトへ」「当事者(変革主体)としての学生の参加」の3点を強調しました。
まず「ボトムアップ」については,plan-do-seeを一貫した主体(全学,部局,教員)が行うべきこと(もちろん第二者・第三者評価はそれとして必要)が主張されました。

また「ソフト」にかかわっては,京都大学工学部における授業改革のとりくみにおける第三者機関との連携,学生参加のようすなどが紹介されました。

最後に,「当事者としての学生」にかかわっては,「教育サービスの消費主体」としてではなく,「生産(学習の生産,知識の生産,関係の生産)の主体」として,また高等教育や社会の変革の主体,改革の責任ある当事者としてこれをとらえることの意義が,授業実践の例とともに語られました。


塚崎氏は,学生が大学に通う目的の1つとして「企業社会での成功」があることは否定できないとした上で,しかし,大学がその期待に応えられているとはいいがたい,と口火を切りました。
まず氏は,企業が従業員に求める能力として,「対人関係能力」「考える力」「ゼネラリストとしてのスキル」「スペシャリストとしてのスキル」の4つをあげました。
報告ではこのうち,大学教育一般にとくに求められるものとして,「ゼネラリストとしてのスキル」を中心に論及されました。
塚崎氏は,ゼネラリストあるいは一般の幹部候補生として大学卒業生を雇う,という場合,大学で学んだ知識そのものに対する期待はそれほど大きくない,とまず強調しました。たとえば,「経済学では『人々が合理的に行動する』ことを前提にして理論を構築するけれども,企業社会では『人々が合理的に行動しない』ことを前提として利益のチャンスを探る」と氏は指摘しました。
より具体的には,経済学では人々は無駄遣いはしないものと前提されるけれども,企業社会では「いかにして無駄遣いさせるか(必ずしもなくても生きていける商品をあえて購入させるか)」が勝負だ,といったことです。

さらに具体的な要請としては,「考える力をつける」(必ずしも学生が外面的に「動く」授業をしろということではなく,講義なら講義で,「考えながら聴く」ような講義を,ということも含め),「経済や社会に興味を持たせること」,「英語・パソコンが一定程度使えるようになっていること」,といった資質があげられました。


稲木氏は,「社会の現状に合わせた『大学教育』がなされるべきか,それとも社会の現状から独立した大学教育の目標を追求するべきか?」「大学を取り巻く現状はどうであるか?」「何のための,誰のための大学教育か?」「現在の学生の実態は?」「ではどのように『目標』へ向けての実践を行っていくか?」という5つの問題を立て,各々について持論を展開していきました。

問題の1つめと3つめにかかわって,大学教育の目標として稲木氏は,「長い未来にわたっての,人類社会の幸福と繁栄(国家や企業の繁栄は本来そのための手段であって,その逆ではない)」をあげ,そこから「役に立つ学問」論の否定,「学生のニーズ」論および「学生の満足」論(これらは学生自身の内発的なというよりは,マスコミ等を通じてインプットされた面が強い)の条件つき否定,といったことを主張しました。

また,「誰のための大学教育か」という点については,「学生一人一人の,人間としての自己実現を可能ならしめるため」とした上で,「人間がいずれにしても不完全でしかあり得ない以上,『不完全な少数のエリートを育成すること』よりは『不完全ながらも自分の『知恵』を出し合うことのできる多くの『人々』を育てることが高等教育の役割」だと稲木氏は強調しました。

以上の主張にあわせて,稲木氏は,自身の担当する「社会心理学基礎演習」の実践から豊富な事例や学生の声を紹介しました。

報告を受けての討論には,教育関係者だけでなく企業関係者も参加し,大学教育が「役に立つ/立たない」という時の「役に立ち方」,研究機能と教育機能との関係(そして,前者の財政負担を誰がすべきなのか),大学の「多様化」について,など多様な視点からの意見が交流されました。

文責:山 崎 雄 介
(京都光華女子大学短期大学部、学会事務局)