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課題研究1:
 
教育目標・評価と指導の現状と課題

課題研究2:
 教師教育における目標と評価の課題と展望

公開シンポジウム:

 新学習指導要領において
       教育評価はどう変わるか




 教育目標・評価と指導の現状と課題
  
―教科教育の立場から―
司会・コーディネーター: 堀   哲 夫(山梨大学),田 中 耕 治(京都大学)
報告者: 石 井 英 真(神戸松蔭女子学院大学)
「算数・数学教育の立場から」 

鶴 田 敦 子(聖心女子大学)
「家庭科教育の立場からの若干の問題提起」 

小 泉   卓(聖徳大学)
「美術教育の立場から―『造形遊び』と『鑑賞』の評価が一番の課題―」

 
「目標に準拠した評価」が指導要録に導入されて10年になろうとしている現在,評価を指導の改善にどのように生かしていくかということが,あらためて問われています。本課題研究は,評価を指導の改善に生かす具体的な手だてについて,教科教育の立場から検討することを目的として設定されました。
 この目的のもと,まず石井英真会員が,「算数・数学教育の立場から」,1990年代以降の教育目標・評価論の展開を素描しつつ,最近生じている課題とそれを乗り越えるための方策について論じました。石井会員によれば,すでに90年代以降,授業の形式化や評価の煩雑化が問題視されてきたものの,それらが最近においても解決されない可能性があるといいます。たとえば90年代には「新しい学力観」のなかで問題解決型の授業が注目を浴びる一方,課題として,授業の形式(問題把握→自力解決→練り上げ(集団解決)→まとめ)をなぞるだけにとどまり,概念形成が不十分になる傾向もありました。また,問題解決型の授業における評価については,子どもの発言や行動の観察をもとに「数学的な考え方」を評価する場合が多いため,そこでは,指導と評価が未分化な状態で,指導の評価化を招きがちであるとの指摘がなされました。最近の「確かな学力」を重視する動きのなかでは,新たな展開として,@言語活動の充実,A算数・数学を現実世界において使う活動,B「学習活動と評価の一体化」などが見られるようになってきています。これに対して,石井会員は,算数・数学における(PISA型)読解力の育成に授業が矮小化される点,「学習活動の評価活動化」や「学習への従属的な主体性と自己責任」を呼び込みかねないという点を問題点として挙げました。授業の形式化や評価の煩雑化に陥らないために,石井会員は,「人権事項として保障すべき」学力という考え方を提起するとともに,教科内容の吟味を伴った目標のあり方を考えていくことが不可欠であり,評価を指導に生かすとはどのようなことなのかをあらためて問うていく必要があることを提起しました。
 次に,鶴田敦子会員が,東日本大震災のなかで教育のあり方を問いなおすことの重要性を指摘した上で,「家庭科教育の立場からの若干の問題提起」を行いました。まず,学習指導要領の目標をどのように考えていくかについて,家庭科においては「生活者の育成」という視点が重要であり,学習内容として「ヒト」「モノ」「コト」を含みもつものであること,さらに家庭科はそもそも近代学校の性格とは異なる側面を有することを考慮に入れる必要があると鶴田会員は指摘しました。とくに,近年の家庭科教育では,基礎的な知識・技能の学習と問題解決学習という二つの部分があるとし,評価については,ペーパーテストや観点を定めた作品評価,発表・レポートなどが行われていることをふまえた上で,近年の「真正の評価」論についての課題が指摘されました。たとえば,「真正の評価」論における「リアルさ」は「困難さ」(高次の思考)を要求しているが,家庭科においては,子どもにとっての意味,換言すれば,当該テーマの子どもにとっての重要さに焦点をあてるという点に違いがあるのではないか。鶴田会員によれば,一人ひとりの子どもたちが生きていく上で価値のある問題(たとえば,放射線をめぐる野菜の問題をどうするかなど),生きていく上で重要な課題を選ぶという点が家庭科教育においては重視されてきたというわけです。また,近年提起されているパフォーマンス評価については,その学習過程の特徴として指摘される「創造的模倣によるパフォーマンスの螺旋的発達」ということと「目的意識的に対象世界に働きかける」ということとはどのような関係にあるのか,また子どもたちの「自己評価」と教師が作成する「ルーブリック」はどのような関係にあるのか,家庭科におけるパフォーマンス課題とは一体どのようなものなのかなどについて指摘がなされました。これまでに「学習の共同化」と「共同の評価」を模索する動きもあったことを踏まえると,「相互・共同の評価のある授業」をいかにつくりだしていくのか,このことが課題になっていると鶴田会員は主張しました。
 その後,小泉卓会員が,「美術教育の立場から―『造形遊び』と『鑑賞』の評価が一番の課題―」というテーマで,図画工作科における「指導と評価の一体化」のあり方について論じました。まず,学校現場における実態について言及がなされました。具体的には,松戸市の公立小学校10校において教員60名を対象に小泉会員自身が行ったアンケート調査の結果が示されました。図画工作科の「授業の取り組みやすさ」については「いくらか取り組みにくい」という回答が41%にのぼるとともに,図画工作の「評価の難しさ」については「難しくない」という回答が0%であったことが明らかにされました。とりわけ,評価の観点(「関心・意欲・態度」「発想と構想の能力」「創造的技能」「鑑賞」)のうち一番難しいものを聞くと,「鑑賞」を挙げる教員が48%に上ったといいます。また,内容(「造形遊び」「絵や立体で表わす」「鑑賞」「共通事項」)に関しては,評価が困難なものとして「鑑賞」(43%)や「造形遊び」(30%)が挙げられる場合の多いことも明らかにされました。「指導と評価の一体化」については,「いつも」「よく」取り組んでいると答える人が21%であり,「相対的には,積極的に取り組まれている状況ではない」とされました。とりわけ,「総括的評価」の実施に比べて,「診断的評価」「形成的評価」の実施率は低く,「内容的に不十分である」ことが指摘されました。評価が困難であると「指導と評価の一体化」も困難を抱えることは明らかであり,とくに「鑑賞」の「指導方法および評価方法」の構築が「緊急の課題」となっていると,小泉会員は述べました。美術とは主観的・個人的なものであるという見方もあるものの,過去に蓄積された表現技法などに学びながら発展してきたものでもあることを考慮すると,表現の質的な中身の違いを明らかにしていくことが求められると小泉会員は指摘しました。
 以上の発表をふまえて,質疑応答が行われました。まず,そもそも学習指導要領に示される目標をどのようにとらえるのか,批判的に問いなおすことが重要なのではないかという点をめぐって意見が出されました。また,評価に関しては,「真正の評価」論における価値のある課題とはどのようなものなのかなどについて議論が展開されました。さらに,目標に関わって,「人権事項としての学力保障」という視点からみると,実生活や実社会と関連の弱いものの扱いはどうなるのか,表現活動を無理矢理に強いられる状況をどう考えるのかといった点についても議論がなされました。具体的な学力の中身について,教科内容をふまえて問いなおしていくことの必要性があらためて浮き彫りとなり,目標と評価のあり方をめぐる白熱した議論が展開された2時間でした。 

文責: 樋 口 とみ子
(京都教育大学)