
課題研究1:
教育目標・評価と指導の現状と課題
課題研究2:
教師教育における目標と評価の課題と展望
公開シンポジウム:
新学習指導要領において
教育評価はどう変わるか |


教師教育における目標と評価の課題と展望
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司会・コーディネーター: |
八 木 英 二(京都橘大学)
八 田 幸 恵(福井大学) |
報告者: |
岩 田 康 之(東京学芸大学)
「教師教育改革の動向をどう捉えるか(教師教育をめぐる全体状況について)」
生 田 周 二(奈良教育大学)
「教員養成カリキュラム構築に向けた奈良教育大学の取り組み――教師力モデル開発プロジェクトの展開を中心に――」
岸 本 実(滋賀大学)
「滋賀大学における教師としての資質能力養成」
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本課題研究は,教師教育をめぐる歴史的・全体的状況を踏まえた上で,現代の教師教育改革の現状を教育目標・評価研究の知見から対象化し,その展望と課題を探ることを目的として開催されました。八田幸恵会員から,課題研究の主旨が述べられ,岩田康之会員,生田周二氏,岸本実会員の順で報告がなされました。
初めに,岩田会員から,教師教育改革の全体像が報告されました。まず,日本の教師教育の特徴として,@課程認定を受けた大学の量的拡大(2010年度現在,598)と質的な変化(小学校教員養成に福祉系や看護系などの大学が参入),A免許制度の不備(二種・一種・専修免許の業務範囲の差がない,上伸の義務なしなど),Bネーションワイドな質保証策の不在が挙げられました。
このような教師教育を検討するには,実際の教師像はどのような力関係で規定されているのか(教師教育をめぐる諸要素間の「布置関係」)の把握が前提となります。日本では都道府県・政令市教育委員会の力が強く,これに大学はプレッシャーを受けています。政府の政策的なコントロールは教育委員会にはあまり及んでいませんが,大学には及んでいます。大衆化した大学で誰でも教員免許を取れ,教員免許を発行する大学に対して,外からの不信が高まっているという指摘もありました。
政策動向では,このような教員免許の威信低下に対する2つの解決法が錯綜していると述べられました。1つは,既存の教員養成のルートに乗らない教員をリクルートする,規制緩和です。もう1つは,資格試験の導入や課程認定の強化などの規制強化です。
このような日本の状況の背景として,教師教育の目標に関する発想のずれを岩田会員は指摘しました。大学は,目の前の学生からスタートして,4年間でどう導くかという発想から,その到達目標を考えています。それに対して行政は,現場で抱えている課題をこなせるには初任者にどのくらいの力が必要かという発想から,現場をスタートとして目標を立てています。このギャップをふまえて両者が対話する必要があるというわけです。
その際,これまで抜け落ちている検討課題が2つあります。1つは,課程認定制それ自体の検討です。課程認定は外形的指標による評価に過ぎず,そのまま運用を強化しても,教師教育の充実につながるとは限りません。
もう1つは,教員採用試験およびペーパーティーチャーの動向に関する研究です。現在の教員採用試験は,優秀な人材をひきつける装置として機能しているか,疑問があります。
さらに,東京学芸大学「教員養成教育の評価等」PJが紹介されました。4年間(2010-2013年度)で日本の大学の教員養成を横断的に評価する仕掛けを開発する取り組みが進められています。
最後に,岩田会員は,"大学が教員養成を行うことにどういう意味があるのか"と問題提起を行いました。教員養成を競争的環境下で行うと,ある目標のみが強調されて劣化します。教師の仕事はノンマニュアルであり,教員養成の評価指標をスキル・セット(…ができる)として設定するのではなく,コンピテンシー・リスト(基盤となる資質,力量)として定めるべきではという提案がなされました。
次に,生田氏の報告では,奈良教育大学における教師教育の取り組みが紹介されました。
奈良教育大学の教員養成教育については,3つの課題が意識されていました。第一に,教職のコアとなる教職専門科目群の相互のつながりがはっきりしない。第二に,教員養成の系統性が明確でない。第三に,教科教育法関連科目群と教科専門科目群との関連性が乏しい,です。
これを背景に,平成22年度から学部改組が進められています。平成22〜28年度の第2期中期目標・計画では,教員養成プログラムの作成とそれに基づいたカリキュラム編成,学部と附属学校の連携が掲げられました。改組の理念の中では特に,持続発展教育(ESD)の観点からの教員養成を中心とされています。
改組後の教員養成カリキュラムは,教育実習関連と教職,教科教育法関連,教科専門からなる,理論と実践の往還を図るものです。このように先端的な教職科目体系のモデルとしてのカリキュラム・フレームワーク(Cuffet)を,平成22〜24年度にかけて開発しています。各科目の学習でCuffetのどの項目を深められるかという学びの意義を実感できるようになることが目的です。
Cuffetでは7つの資質能力基準が定められています。@学校教育の課題把握,A教科・領域に関する基礎的知識と教育実践への具体化,B情報活用能力,C授業力,D児童・生徒理解と教育実践への具体化,E学校と地域社会との連携,F職能成長。これらの能力は,「判断する力」「知識」「信頼を得る力」からなる(動的)教師力モデルに分類されます。
この力を獲得させるため,「ふかめる」「つなぐ」「めざす」「ささえる」の4つを柱とする教職科目体系のモデルが開発されています。
・ふかめる:Cuffet項目の意味合いの吟味とその段階付け(ルーブリック)の作成
・つなぐ:カリキュラムの体系化
・めざす:学びの方向性を設定できるようサポート。「教師力100冊」,「教職ノート」,「教職検定」(教育実習までに最低限必要な知識を自己学習できるシステム)など
・ささえる:カリキュラムの体系化と「教師力サポートオフィス」の学生サポート
教師力サポートオフィスでは,いじめや虐待への対応などの具体的事例について,学生たちが意見を出し合うカンファレンスが行われています。これを通して,Cuffetの到達度も高まっていくだろうとのことでした。
さらに,教師力ルーブリックが作成されています。Cuffetの7項目の各資質能力について,実習までに・実習で・卒業までに・将来的に身につけるべきことを表にしたものです。
生田氏は,このルーブリックはあまり精緻化しない方がいいのではと述べました。ゆるやかに学びをサポートする指標としては使いたいが,しんどくなるので,項目を定めてチェックすることはしたくないとのことでした。
続いて,岸本会員が,滋賀大学における教員養成教育の取り組みを報告しました。
まず,滋賀大学教育学部の「教職実践演習」の到達目標とそれに修正を加えて作成した調査項目「教師として必要な資質能力の自己点検とそれらを身につけた場」が紹介されました。大項目4つ(「使命感や責任間,教育的愛情等に関する事項」など文科省設定)を中項目,小項目に細分化した表です。
大学で教えたことが習得できているかという発想で作られていることが特徴であり,必ずしも,現場での教師としてのパフォーマンスに直結しない項目もあると述べられました。
さらに,2005年度から開発されている教育参加カリキュラムの目標も紹介されました。目標は,次の3つからなります。
@教科と教育法についての知識・理解
A子ども理解と学習共同体の組織
B教師,大学教師,その他教育関係者との協働と自己の実践スタイルの探究
この目標に向けた4年間のカリキュラムには,次の特徴があるといいます。
・2〜4回生の教育実習と学校外の体験(介護
等体験など)の2つの軸で構成
・公立学校での教育実習。失敗は許されないので,専任教員や現職教員がサポート。
・初等教科内容学を全教科必修
そして,前述の調査項目についての調査の報告がなされました。この到達目標の各小項目について,5段階で学生に自己評価させています。4か5がついた項目については,その資質能力の獲得に関係したと思われる場に◎○△をつけさせたとのことでした。場としては,大学の授業,教育実習,実地体験,就職セミナーなど,部活動など,教師塾,地域での活動,その他の経験,の項目があります。さらに◎の項目ともっと伸ばしていきたい項目については自由記述させています。
大学の授業や教育実習,教育体験などが場となり,コミュニケーション力の自己評価が高い傾向があります。他方,教材分析力や授業構想力,授業展開力など,いわゆる授業力にかかわる項目に自信がない学生が多いです。教育実習で一定の力を獲得し,その後の継続的な学生サポーター活動などでの子ども支援で子ども理解はさらに深まるものの,継続的なサポーター活動では授業はあまりしないためではないかとのことでした。学習評価力は少し高めの傾向です。教育実習で子どもの観察記録を書く訓練を徹底しているからではないかとのことでした。
最後に,教師としての資質能力をリスト化し,自己評価させることのメリットとデメリットが述べられました。自己の長所や短所を把握できるというメリットはあるものの,教育や授業に関する信念等の教師の重要な資質能力がリスト化することで抜け落ちる,仲間との関わりを通して学ぶことの意義を見失わせる,教師としての特定の能力観を学生に植え付けるといったデメリットがあるといった指摘がなされました。
資質能力チェックによって生じる矛盾や葛藤をプラスに転じる学習共同体をいかに確立するか,卒業論文を通して学士力をいかに保障するかも大事な視点とまとめられました。
3人の報告終了後にフロアから出された質問や議論は,おもに以下の3つの論点にまとめることができます。
1つ目は,「卒業研究」を教員養成教育にどのように位置づけるかという点です。大学としてのdisciplineと実践指導力としてのdisciplineはずれており,後者に大学が対応せざるを得ないため,卒業研究が学生の意識から抜け落ちる傾向があります。卒業研究は,教師になってから自律的に問題解決する基礎,質保証の要として大事であるという意見がありました。教員養成の評価項目を全部満たせる学生よりも,人や文献とネゴシエートして卒業研究を書ける学生の方が,現場で今後伸びていける教師になるという意見もありました。
2つ目は,1つ目の論点と関わりますが,実務家教員ではなく,大学の研究者教員が教師を育成することにどのような意味があるかという点です。学生に自由な学びを保障し,「研究できる教師」を養成するということのよさが,社会には説得力を持って通じていません。大学には,実務家教員や教科教育専門の教員,社会教育の現場にいる教員など,多様な教員がいます。教師の仕事はノンマニュアルであることを考えると,「研究できる教師」の育成は重要ではないかという指摘がありました。
3つ目は,大学の教員養成のポリシーをどのような理論に基づいて構築し,それを大学内でいかに共通理解するかという点です。今は教師に要請される資質能力がどんどん増えており,それに対応する科目を大学が設定しないといけない状況です。すると,大学のカリキュラムがどんどん窮屈になり,カリキュラム全体がどこに向かっているのかがわからなくなります。目標・評価の構造を問うとき,どういう教師を育成したいかというヴィジョンを大学内で共通理解することが大事なのではという提起がありました。また,教員養成教育においては評価の理論が脆弱であり,新しい評価の考えを共有していかないと,細かいリストでスキルをチェックするだけになってしまうという指摘がフロアからありました。
課題研究の締めくくりとして,司会者の八木会員は,奈良教育大学の教職のルーブリックを精緻化したくないという問題意識はよくわかると述ました。"教師力""質保証"という言葉は必ずしも大学の現場から生まれたものではなく,上から強いられた議論ではないかと指摘しました。八田会員は,"今"の現場でうまくやっている教師の最大公約数が「いい教師」ということを前提に議論していることを検討し直す必要はないのか。目標と評価の話があり,その間の学習過程についての議論が抜け落ちているのでは,と問題提起がなされました。 |
文責:細 尾 萌 子
(日本学術振興会特別研究員) |
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