
講演会
生活指導研究の成果と課題
課題研究
学校の受容過程と「教える」ということ
公開シンポジウム
教育の成果をどう検証するか |


教育の成果をどう検証するか
―世界的標準化の動きと日本―
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報告者: |
斎藤 里美(東洋大学)
「教育成果の検証と世界的標準化
―OECDの教員調査(TALIS)がもたらすもの―」
赤沢 早人(奈良教育大学)
「日本における学校評価と授業評価の現状と課題」
勝野 正章(東京大学)
「教員評価を展望する」 |
司会・コーディネーター: |
久冨 善之(一橋大学名誉教授)
山ア 準二(東洋大学) |
本シンポジウムは,「質保証」の施策動向を鑑みつつ「教育の成果をどう検証するか」という課題をテーマとして掲げ,国際的な動向とともに国内の取組状況も踏まえつつ,今後の研究的課題の明確化とともに実践的な対応課題までを議論する場として設定されました。まず,司会・コーディネーターである山ア準二会員より上述の主旨が説明された後,3人の報告者から報告がありました。
まず,斎藤里美会員から,TALIS調査についての報告が行われました。TALIS調査の結果概要については,マレーシア,ノルウェー,トルコ,デンマークといった対照的な4か国に絞って紹介されました。調査においては,教員がおかれている環境や学級規模といった各国の学校及び教員概要や,教育に割く時間,校長の教師の態度への認識といった各国の学級及び学校の学習環境にあたる内容が示された上で,それらの国の教員の自己効力感と職務満足感がどのような状況であるのかが示されました。その上で,それぞれの国の教員が教員評価とフィードバックをどのように捉えているかが言及されました。
こうしたTALIS調査からの示唆として,@「教育成果」を求め,生み出す社会的背景は国によって多様であり,「教育成果」を国際的に標準化した尺度で測ろうとすれば,その指標はどうしても限定的にならざるをえないこと,A教育成果の検証とその標準化によって,TALISは教員の自己効力感に結びつきやすい環境要因を一定程度明らかにした一方で,可視化されない教育成果を捨象したり,教育成果の「偽装」を招いたりしかねないという矛盾もはらんでいること,B教員評価やフィードバックに関して,TALIS調査では肯定的に捉える教員が多かったことに対し,日本ではそうはなっておらず,特に「教師に必要な能力」は可視化できないと考える教師たちにとって「教育成果の検証」は大きな効力を発揮できないという問題が指摘されていることなどが報告されました。
最後に,「教育成果の検証」には,文脈に応じた解釈が求められており,そこでは「教育成果の検証」を誰がどのようなコミュニティを単位として行うのかが重要な論点として浮かび上がってくるのではないかといった問題が提起されました。
次に,赤沢早人会員から日本における学校評価と授業評価についての報告がありました。まず冒頭で,学校評価と授業評価の間の回路が切れている現状への問題意識が示されました。
続いて,学校評価と授業評価が制度面を含めてアカウンタビリティを果たすために「求められる」ようになった現状が指摘されました。そして,それらの評価がアンケートを数値化して教育成果を示すことのみに終始してしまう要因として,@教育課程や教育活動に関する目標が抽象的・一般的であり,具体性を備えていないこと,A管理職を中心とした一部の教職員のみで目標や評価項目の設定が行われ,それらが多くの教職員に共有されていないこと,B教育の成果を「わかりやすく説明する」ことへの過剰反応として,短絡的に数量化に走ってしまうことの3点が報告されました。
さらに,指導方法の工夫改善が研修の回数で自己評価される事例や,授業と結びつくことなく保護者向けの学校アンケートによる評価が行われている事例が紹介され,学校評価・授業評価の問題状況が示されました。その上で,@エバリュエーションの基本概念である誰のための何の評価なのかという視点やA教育目標を誰が設定し共有するのかといった視点の重要性が提起されました。
最後に,問題状況の改善を目指して行われた事例として,生徒の成長をトータルに捉え,それを教師たちが教育目標化していくことで学校評価と授業評価を結び付けることを目指した事例や,学校のある意味での目指す姿として授業評価を見直していくという取り組み事例が紹介されました。
最後に,勝野正章氏から「教員評価を展望する」というテーマで報告がありました。まず,TALIS調査の教員評価の部分についての見解が述べられました。TALIS調査では各国の教員評価とフィードバックのデザインと実施の多様性が組み込まれていないと思われること,調査での基準と効果にズレがあること,調査で意図された効果をあまり生じさせていないことから,TALIS調査で教員評価とフィードバックは一般的に肯定的な影響があると判断されていることに対してもう少し慎重に判断するべきであると報告されました。
続いて,アメリカにおける付加価値分析の意義や限界が報告されました。そこでは,生徒の学習に教師が何らかの価値を付与できるという概念上の意義や,一時点におけるテストスコアを教師の効果とみなすのではなく,生徒の属性・社会経済的背景等の様々な変数を統制しているという点での前進といった方法上の意義が報告されました。一方,生徒の学習に影響を及ぼす多くの影響を解きほぐすことの困難さや,学習の成果を測定するテストの限界などからくる限界が指摘されました。結論としては,そもそも付加価値モデルの前提となる独立した「教師の効果」の存在に疑問が投げかけられ,付加価値モデルにおいては教師の効果を正確に測ることは難しいこと言及されました。
最後に,教員評価を展望するにあたっての3つの視点とそれに関わる問題が述べられました。@何のために評価するのか(目的)という視点については,教員評価の付加価値モデルは実践の向上に有益な情報を提供しないといった問題が提示され,総括的評価と形成的評価の区別の重要性が示されました。A何を評価するのか(対象及び基準)という視点については,教師の特性,パフォーマンス,効果の3つのカテゴリーがあげられ,それぞれについて例えばパフォーマンス評価が教室の行動を外部からコントロールする手段となることへの注意などが言及されました。Bどのように評価するのか(方法・ツール)という視点については,ポートフォリオなどの有効性が指摘されるとともに,同僚による評価のような職能成長を目的とした制度と実践の意義と課題についても検討すべきであると報告されました。
以上の発表をふまえて,3提案に対して多数の質問が寄せられました。質問やそれに対する応答のうち,主に以下の4つの論点をここでは紹介します。まず1つめは,TALIS調査とPISA調査の関係についての論点です。これについては,斎藤会員から,PISAとTALISが連動し,学力はPISAで測り教師の指導環境はTALISで測るということがパッケージ化していくことへの危惧が述べられました。また,勝野氏からも,PISAとTALISが連動していくであろうこと,その際にPISAの学力観というよりはPISAのテスト成績を単にあげるという違った学力観との連動が考えられることが指摘されました。
2つめは,赤沢会員が紹介する事例をめぐる論点です。まず,紹介事例が従来の学校評価・授業評価を克服している点として,従来の生徒アンケートでは教師の技術が正確に評価されにくかったことに対し,授業に臨む生徒自らの姿を評価させたり,目指す人格的価値が授業で実現されているかを評価させたりする試みであったことが補足されました。さらに,紹介事例に合格者数といった本質的ではない目標が含まれているという指摘に対して,教師たちから出てきた目標を一旦位置づけた上で,それを本質的な教育目標へぬりかえていくステップを踏む重要性が述べられました。
3つめは,勝野氏の報告をめぐる論点です。勝野氏の報告の最終的な結論や,評価が能力開発に対する支援を目的としていたとしてもハイステイクスなものの支配から逃れられないという課題への展望についての質問がありました。これについては,プロフェッショナル・スタンダードやアカウンタビリティをどう考えるのかといった問題について,例えば実践基準と評価基準というスタンダードの2つの使い道などを議論するなかで探っていくことの重要性が述べられました。
4つめは,責任の主体は誰か,誰に向けての評価なのかといった論点です。これについては,斎藤会員から,同様の問題意識が提示された上で,教師に裁量の余地がないなかで教師に責任を求め,教師個人を単位とした評価を進めることの難しさをTALISから読み解けるのではないかとの見解が述べられました。また,赤沢会員からは,誰に向けての評価なのかという点については,子どもの成長のためであることはゆるがないのではないかということが述べられました。
最後に司会・コーディネーターを務める山ア会員から,今回の議論でTALISの調査をどういう風にみていくかが明確になったとのまとめがありました。その上で,本学会の評価というものに対する捉え方の原点に立ち戻りながら問題を考えていかなくてはならないと総括がなされました。 |
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